資金力や情報網を除いて考えてみた
昨日、チャリンコでドンキにワインを買いに行くときに、ふと思った。
清原さんと自分の違いって、結局なんなんだろう、と。
もちろん、分かりやすい差はいくらでもある。
- 資金力
- 情報網
- 経験値
- 実績
そんなものを並べ始めたらきりがない。
でも、自分が知りたかったのはそこじゃなかった。
そういう外側の差を全部取り除いたとき、それでもなお残る本質的な違いは何なのか。
それが気になった。
しばらく考えていて、何度もAIと壁打ちをしながら、ひとつ見えてきたことがある。
それは能力差というより、もっと根本的なものかもしれないと。
投資で何を見ているか。
その重心が、そもそも違うじゃないかな。
清原さんは「会社」より「価格」を見ている
清原達郎さんの書籍や投稿を読ませてAiが指摘するのは、価格に対する執着の強さ違いだと。
今年の初め頃の自分は、株を見るときは会社や代表者の意気込みに意識が向いていたことを思い出す。
- 良い会社か
- 成長する会社か
- 将来性があるか
たぶん、自分を含めた多くの投資家はそこを見る。
でも清原さんは少し違う気がする。
清原さんが見ているのは、
この会社が優れているかどうかよりも、
この株価がどこまで悲観を織り込んでいるかじゃないだろう。
市場は、この会社をどれだけ安く見積もっているのか。
そこに重心があるように思う。
この視点の違いはかなり大きい。
最近の自分は少しずつ成長してきたのか、会社を理解するタイプに変貌しつつある。
有価証券報告書を読む。
事業を調べる。
経営陣を見る。
業界構造も気になる。
NC Ratioだけで終わらせたくない。
なぜこの会社が割安なのか。
その理由を知りたくなる。
これは自分の強みでもあると思う。
ただ、清原さんほど価格中心ではまだない。
自分は掘る。清原さんは捨てる
考えていて、一番しっくりきた違いはこれだった。
自分は掘る。
清原さんは捨てる。
気になる銘柄があると、自分はかなり深く掘る。
なぜ割安なのか。
含み資産はあるのか。
何がカタリストになるのか。
気づけば、どんどん深く入っていく。
でも清原さんは違う。
少しでも複雑なら切る。
理解しにくければ切る。
財務が読みにくければ切る。
驚くほど早い。
ここで思った。
清原さんの強さは、分析力そのものより、
何を見ないかを決める力
なのかもしれない。
これは簡単そうで難しい。
人間は、気になったものを手放すのが苦手だからだ。
自分は掘ることで納得しようとする。
清原さんは、捨てることで精度を上げている。
この差は大きい。
ルールへの冷たさ
もう一つ、大きな違いがある。
ルールとの距離感だ。
自分は時々こう考えてしまう。
この会社は例外かもしれない。
NC比率は少し足りないけど、定性的には悪くない。
今回だけは条件を少し緩めてもいいかもしれない。
つまり、解釈の余地を残してしまう。
でも清原さんは、その余地がかなり少ない。
条件から外れたら切る。
かなり機械的に切る。
そこに情が入る余地がほとんどない。
これは簡単そうで、実際はかなり難しい。
人は例外を作るのが上手い。
そして例外は、少しずつルールを壊していく。
自分も、それは痛いほど分かる。
最大の違いは、時間かもしれない
ここまで考えて、最後に思ったことがある。
もしかしたら、一番大きい違いは能力じゃない。
時間かもしれない。
清原さんの投資手法は、最初から完成していたわけじゃない。
何十年もかけて磨かれたものだ。
失敗して、修正して、また失敗して。
その積み重ねの先に、今の清原式がある。
今自分が見ているのは、いわば完成形だ。
一方、自分はまだ途中にいる。
試行錯誤の途中だ。
だから今の差を、そのまま能力差として見るのは少し違う気もする。
自分は清原さんにはならない
ここまで考えて、ひとつはっきりしたことがある。
自分はたぶん、清原さんそのものにはならない。
いや、ならないほうがいいのかもしれない。
最近、自分は少しずつ自分なりの形を作り始めている。
- NC Ratioのグレーディング
- 英語での発信
- 独自の記録方法
- TOPIX連動型上場投資信託 の積立
- 金ETFの組み込み
清原式を学んでいるのは間違いない。
でも、完全にコピーしようとしているわけでもない。
土台は清原式でも、その上に積み上げるものは自分のものだ。
そう考えると、二人の違いはこう言える気がする。
清原さんは、
余計なものを削ぎ落として期待値を最大化した投資家だ。
そして自分は、
清原式を土台にしながら、自分なりの形を作ろうとしている投資家だ。
言い換えるなら、
清原さんは、捨てる達人。
自分は、掘る達人。
そんな気がしている。
おわりに
もし自分がこれからさらに成長するとしたら、必要なのは分析力ではない気がする。
分析する力は、これからも磨ける。
でも本当に必要なのは、たぶん別の力だ。
どこで調べるのをやめるか。
どこで切るか。
どこで機械的になるか。
その判断力だと思う。
自分には好きな言葉がある。
人まねして成功するならオリジナルで朽ち果てろ
結局、自分は清原さんにはならない。
清原式を学び、継承し、それでも最後は自分の道を行く。
その先にあるものこそ、
きっと自分だけの投資スタイルなんだと思う。
