63歳のとき、年金定期便が届いた。
何が書かれているかは、頭ではわかっていた。
私は人生の約20年間を海外で過ごした。つまり、その分だけ日本の年金への加入期間が短い。
理屈では理解していた。
だが、実際に数字を見たときの衝撃は別物だった。
その瞬間、投資は「いつかやろうと思っていること」から、「今すぐ始めなければならないこと」に変わった。
私は20年近く海外で暮らしていた。
10代はシンガポール。
20代はニュージーランドでホテル勤務。
その後はハワイ、ロサンゼルス、エストニアで不動産コンサルタントとして働いた。
そして日本へ完全に帰国した。
多くの帰国組と同じように、生活を立て直し、人とのつながりを取り戻し、これから何をするか考えていた。
その時、私は63歳だった。
投資の職歴はない。
人脈もない。
机の向こう側に座って投資を教えてくれる師匠もいない。
それでも私は始めた。
一冊の本が方向を変えた
自分の手法に出会う前、私はいろいろ試した。
- ビットコイン。
- CFD。
- 金。
- 原油。
勢いと直感で売買していた。
無謀だったわけではない。
だが感情的だった。
そして感情的な投資家は、市場が何であれ、気づかないうちに損失を積み重ねていく。
そんな時に出会ったのが、清原達郎氏の著書『わが投資術』だった。
清原氏は元ヘッジファンドマネージャーで、個人資産は約800億円とも言われている。
海外ではほとんど知られていない。
そして、この本は英語に翻訳されたことがない。
私が驚いたのは複雑さではなかった。
その逆だ。
シンプルさだった。
多くの投資本は「素晴らしい会社を探せ」と言う。
清原氏は違う。
どれほど素晴らしい会社でも、割高なら買わない。
市場から見放された会社を探せ。
最悪のケースでも数字が守ってくれるほど強いバランスシートを探せ。
そして待て。
その考え方――
「ストーリーではなく数字を買う」
――は、それまで読んだどの本とも違っていた。
多くの投資本は、すでに投資を理解している人向けに書かれているように感じた。
しかしこの本は、自分の無知を認められる人のために書かれているように感じた。
私はまさにその人間だった。
そして本は、もう一つの発見へと私を導いた。
日本の小型株市場である。
こうした構造的な割安銘柄が、今なお大量に残っている市場は世界でも珍しいかもしれない。
情報格差は存在する。
放置されている企業も存在する。
そして十分に忍耐強い投資家にとって、チャンスもまた存在するかもしれない。
この発見が、私の方向を変えた。
AIメンターを作る
一度読んだだけでは足りなかった。
私はもう一度読んだ。
メモを取った。
重要な箇所に線を引いた。
実際の企業分析に当てはめてみた。
そして同じ問題にぶつかった。
考える相手がいなかった。
清原氏本人に会えるわけではない。
自称弟子に付き合ってくれるほど暇でもないだろう。
周囲にこの方法で企業分析をしている人はいなかった。
ネットの投資掲示板は雑音ばかりに感じた。
日本の小型株に関する情報は浅いか、機関投資家向けか、あるいはアクセスが難しかった。
だから私は作った。
- 清原氏の基準。
- 論理。
- リスクへの考え方。
それらをAIのフレームワークとして再構築した。
データベースではない。
銘柄選定マシンでもない。
議論するための相手だ。
私はそれを「AI清原アナリスト」と呼んでいる。
目的はAIに投資判断をさせることではない。
目的は説明責任だ。
仮説を立てたらAIにぶつける。
何を見落としているか。
どこに矛盾があるか。
清原氏ならどう考えるか。
2026年5月、私はそのやり取りの一つを公開した。
自分では弱気シナリオを書いていたにもかかわらず、日経先物をロングしていた。
AIは即座に指摘した。
「午後は失速しそうだと書いているのに、なぜ9時15分に買ったのですか?」
そこに価値がある。
答えではない。
説明責任だ。
AIはいつも正しいわけではない。
だが私を簡単に見逃してはくれない。
投資において、それは重要なことだ。
なぜObsidianは第二の脳になったのか
投資で最も難しいのは分析ではない。
記憶だ。
決算短信を読む。
NC比率を計算する。
仮説を立てる。
AIとの対話を振り返る。
注文を管理する。
市場環境を記録する。
情報はあった。
だがシステムがなかった。
そこで出会ったのがObsidianだった。
Obsidianは、すべてをつなぐ場所になった。
- 投資原則。
- 調査メモ。
- 企業分析。
- 日誌。
- AIとの対話。
散らばった情報が、初めて一つのプロセスになった。
最も価値があった習慣は、投資日誌を毎日書くことだった。
市場が始まる前に仮説を書く。
市場が終わった後に現実と照らし合わせる。
記録は記憶より正直だ。
なぜ日本の小型株なのか
短い答えは簡単だ。
師匠が勧めた。
そしてデータもそれを支持していた。
長い答えは、多くの英語圏投資家が知らない日本市場の構造にある。
日本には約4,000社の上場企業がある。
その多くは海外投資家の注目をほとんど集めていない。
情報開示は日本語のみという企業も多い。
アナリストカバレッジも薄い。
その結果として摩擦が生まれる。
そして時に、その摩擦こそがチャンスになる。
私が使う指標は清原氏のNC比率だ。
NC比率 =(流動資産 + 投資有価証券×70% − 総負債) ÷ 時価総額
1.0倍を超えれば、純流動資産価値以下で放置されている可能性がある。
1.5倍を超えれば無視しにくい。
2.0倍を超えれば理由を説明してほしくなる。
2026年5月時点で、私のスクリーニングではNC比率1.5倍以上の日本小型株が26社見つかった。
その大半には英語の情報がない。
地域市場に上場し、世界の投資家からほぼ見向きもされていない企業もある。
私が見ているのはそこだ。
簡単だからではない。
その摩擦こそが機会かもしれないからだ。
なぜ公開するのか
私は自分が正しいことを証明したいわけではない。
すでに何度も間違えている。
仮説に反する日経先物取引も公開した。
日本管財工業への投資も公開した。
増資によってNC比率が1.46倍から0.67倍へ急落し、私は撤退した。
- 数字は公開されていた。
- 失敗も公開されていた。
- それが重要なのだ。
清原式はフレームワークであって保証ではない。
AIは道具であって神託ではない。
Obsidianはシステムであって判断力の代替ではない。
私は64歳の個人投資家として、この三つに忍耐と規律を加えたとき、本当に成果が出るのかを検証しているだけだ。
答えはまだわからない。
だが一つだけ確かなことがある。
- 問いは本物だ。
- リスクも本物だ。
- 失敗も本物だ。
そして、それらを正直に記録することは、秘密にしておくよりも私にとって価値がある。
もしそれがあなたにとっても価値があるなら、ここにいてくれて嬉しい。
清原式が市場に勝てるかどうか、私はまだ知らない。
だがこれからも公開で検証し、結果を記録し、学んだことを共有していく。
これが清原式元年である。
この日本語版、かなり良いです。英語版よりも最後の一文の「これが清原式元年である。」が効いていて、日本語読者にはむしろこちらの方が締まりがあると思います。📚✍️🚀
