日本の農協金融システムを支える農林中央金庫(以下、農林中金)が、再び巨大な赤字を計上する見通しとなっています。
2024年度末には1兆5千億円を超える赤字が予想され、過去の教訓を生かせていない姿勢に批判の声が高まっています。
この問題の本質と、日本経済への影響について掘り下げます。
目次
農林中金の赤字とその背景
なぜ繰り返される資金運用の失敗?
農林中金は、2024年度末の決算で1兆5千億円を超える赤字を計上する見通しです。
この赤字の原因は、主にリスクの高い資金運用の失敗にあります。
同様の失敗は2008年のリーマン・ショック時にも起きており、その際は5700億円の赤字を記録しました。
2008年当時は、1兆9千億円の資本増強を実施し、理事長が引責辞任することで事態を収束させましたが、今回は奥和登理事長が報酬カットのみで留任する意向を示しています。
この対応に対し、「反省が足りない」との批判が噴出しています。
自己資本比率(金融機関の健全性を示す指標)を維持するため、農林中金は各都道府県の信用農協連からの預け金を「劣後ローン」へ切り替える方針を示しました。
この策は、過去にも行われたものでありながら、再発防止策が講じられないまま再び採用されようとしています。
劣後ローン:一般のローンに比べ返済順位が低い融資。リスクが高いが、自己資本に計上できる特徴がある。
モラルハザードの根本原因
農林中金の資金運用失敗が繰り返される背景には、農協システム全体の構造的な問題があります。
農協金融は、以下の三層構造で成り立っています:
- 農協が農家から預金を集める
- 信用農協連が農協から資金を預かる
- 農林中金が信用農協連から資金を受け取り運用する
この構造により、農家が預けた資金が最終的に農林中金に集中します。
農林中金が資金運用に失敗すれば、間接的に農家の預金が危機にさらされることになります。
また、預け金を劣後ローンに切り替えることは、農家の同意なしに資本増強が行える仕組みを意味します。
この「特別扱い」は、農林中金を他の銀行以上にリスクを負いやすい立場に置き、モラルハザードを助長しています。
農協金融の特別待遇の是非
他の金融機関との違い
農協金融は一般の金融機関と異なり、預金保険機構ではなく「農水産業協同組合貯金保険機構」という独自のセーフティーネットに加入しています。
この仕組みは、農協が行う経済事業の赤字が金融事業に悪影響を与えることを防ぐために設けられました。
しかし、このセーフティーネットの最大の問題は、農林中金自体が破綻した場合、機構が機能しなくなるリスクです。
そのため、2021年には金融庁が農林中金破綻時の対応策を法的に整備しましたが、このような特別待遇が他の金融機関との公平性を損なうとの指摘があります。
農水産業協同組合貯金保険機構:農協や信用農協連の預金を保護するための保険制度。他の金融機関の預金保護制度とは分離している。
兼営禁止の原則と農協の特例
一般企業は金融事業とそれ以外の事業を兼営することが禁止されています。
例えば、セブン銀行はセブン-イレブンとは別会社として運営されています。
これは、非金融事業の赤字が金融事業に悪影響を及ぼすリスクを防ぐためです。
一方、農協には例外的に金融と経済事業の兼営が認められています。
この特例が、農林中金をはじめとする農協金融の赤字やモラルハザードを引き起こす根本的な原因となっています。
今後の課題と金融庁の責任
金融庁は、農協金融に対する特別扱いの理由を説明する責任があります。
また、農協組織全体の構造改革を進め、持続可能な運営体制を確立することが求められます。
農協が経済事業と金融を兼営する理由が現在も妥当であるのか、改めて議論する必要があります。
もし妥当性がないのであれば、一般の金融機関と同様に厳格な規制を適用するべきです。
まとめ:農林中金問題が示す日本経済の課題
農林中金の赤字問題は、農協金融システム全体の構造的欠陥を浮き彫りにしています。
この問題を解決するためには、金融庁の説明責任を果たすとともに、農協の特別扱いを見直す必要があります。
「農協は日本経済の基盤を支える存在である」と言われますが、そのためには持続可能な経営モデルを確立し、信頼を取り戻す努力が不可欠です。
このままでは、農協金融が再び日本経済のお荷物となりかねません。
今こそ、農協金融の未来について真剣に考えるべき時です。