目次
分かった気になっていた
ベンジャミン・グレアムの『賢明なる投資家 財務諸表編』を再読して思った。
自分は、理解した気になっていただけだった。
グレアムは勝ち方を教えていない。
彼が徹底しているのは、価格に振り回されない構えだ。
投資に必勝法はない。
だが、期待値を上げる方法はある。
その違いを、頭ではなく腹で理解できていなかった。
第一章:NC比率から始まった変化
自分の変化は思想からではなく、計算から始まった。
NC比率を確認するためにBSを開く。
現預金を見る。
投資有価証券の内訳を見る。
有利子負債を足す。
最初は正直、面倒だった。
PLだけ見ていれば楽だ。成長率は分かりやすい。
だがBSを繰り返し見るうちに、数字の並びが意味を持ち始めた。
現預金が厚い会社と薄い会社では、空気が違う。
短期借入に依存している会社は、どこか落ち着きがない。
企業の「瞬間的な体力」が、配置として見えてきた。
清原さんをはじめ、多くのバリュー投資家がこの本の影響を受けているのも納得できる。
資産を起点に考える視線は、間違いなくグレアムから来ている。
NC比率という指標も、思想の延長線上にある。
第二章:価格は他人が決める。価値は中身が決める。
グレアムの核心は単純だ。
価格と価値を分けろ。
価格は市場が決める。
価値は企業の資産と収益力が決める。
市場が熱狂しても、
市場が絶望しても、
BSはその瞬間には動かない。
だが価値が蒸発しないと言い切るのは甘い。
減損は起きる。
粉飾はある。
事業は崩壊する。
だからこそ、安全域が必要になる。
価値を過信しない。
常に悪い仮定を置く。
ここまで冷静であって初めて、バリュー投資は成立する。
第三章:清算価値という残酷な思考実験
「今すぐ会社を畳んだら、いくら残るか?」
この問いは乱暴だ。
だが強い。
固定資産は本当に売れるのか。
売掛金は全額回収できるのか。
在庫は値崩れしないか。
以前の自分は、固定資産はゼロになるかもしれないと勇ましく書いた。
だがそれは断定ではない。仮説だ。
リスクを想定することと、断罪することは違う。
思考実験は重みづけのための道具であって、悲観のための武器ではない。
第四章:BSは静止画、企業は動画
NCAVを下回る銘柄を見つけたとき、自分は「見つけた」と思った。
だがそれは一枚の写真を見ただけだ。
BSは静止画だ。
企業は動画だ。
赤字が続けば純資産は痩せる。
事業が衰退すれば流動資産は減る。
割安は固定された状態ではない。
だからこそ、7〜10年の平均利益を見る発想が必要になる。
単年度の数字はノイズだ。
持続的な収益力が、価値の芯を作る。
第五章:バリュー投資の一番の難しさ
自分が感じている一番の難しさはここだ。
割安になるまで下がるのを待つ忍耐。
そして、そこまで下がると信じられる理論の裏付けを鍛えること。
市場は簡単には安くしてくれない。
安くなるまでには、理由がつく。
業績悪化。
地合い悪化。
悪材料。
そのときに、「これは理論通りの安全域か、それとも罠か」を判断する力がいる。
ただ待つだけでは足りない。
理論が弱ければ、恐怖に負ける。
だから安全域は計算式ではなく、精神修行になる。
市場が急落したとき、
含み損が膨らんだとき、
それでもBSを信じて指値を置けるか。
自分はまだ完璧ではない。
BSは読めるようになった。
だが、揺れないとは言い切れない。
ここが今の課題だ。
終章:羅針盤を使いこなせるか
財務諸表は必勝譜ではない。
だが、破滅を避けるための羅針盤にはなる。
自分はようやく、その羅針盤を手にした段階だ。
BSが怖くなくなった。
数字の配置が意味を持ち始めた。
市場は騒がしい。
しかし本当に騒がしいのは、自分の感情だ。
価格と価値を切り離し、
割安になるまで待ち、
理論で恐怖を抑え込めるか。
それができたとき、
グレアムは知識ではなく、習慣になるのだと思う。
